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東京高等裁判所 平成2年(う)589号 判決 1991年2月04日

本籍

京都市東山区祇園町北側三四七番地

住居

同市左京区北白川西町八一番地

無職(元団体役員)

中村完

昭和六年六月二一日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、平成二年四月一〇日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官平本喜祿出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年及び罰金一三〇〇万円に処する。

右罰金を完納することが出来ないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人石井嘉夫名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官平本喜祿名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用するが、所論は、要するに、原判決の量刑が重きに失し不当であるから破棄されるべきであるというのである。

そこで、原審記録を調査して検討するに、本件は、同和対策新風会の全国統括局総局長の地位にあつた被告人が、かつて右新風会の理事の地位にあつた小畑一夫及びその実践委員長の地位にあつた谷篤や相続人である藤井章夫(以下「章夫」という。)と共謀の上、被相続人である藤井隆次(以下「隆次」という。)の死亡により章夫及び同人の妻である藤井芳江(以下「芳江」という。)の相続した財産につき、架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により同人らの相続税を免れ、あるいは免れさせようと企て、所轄税務署長に対し、章夫の相続した財産の正規の課税価格は二億三六八八万二〇〇〇円であり、芳江の相続した財産の正規の課税価格は二億五五〇二万八〇〇〇円であるのにかかわらず、隆次には坂本勝夫に対する借入金四億円とこれに対する未払利息二〇〇〇万円の債務があり、これを章夫及び芳江がそれぞれ二億一〇〇〇万円ずつ負担することになつたので、これを同人らの取得価格からそれぞれ控除し、その上でその相続税を算出すると、章夫の相続税が三八六万二七〇〇円であり、芳江のそれは六三二万七六〇〇円である旨を記載した内容虚偽の相続税申告書を作成して提出し、もつて不正の行為により章夫の相続税一億一〇八三万七二〇〇円を免れ、芳江の相続税一億一七九三万三九〇〇円を免れさせたという事案であつて、その逋脱額が高額である上、逋脱率も九五パーセントと極めて高率であることはもとより、その手段方法が大胆かつ巧妙であり、犯情も甚だ悪質であること、しかも、被告人は、小畑が章夫ら夫婦から引き受けた本件脱税につき、谷からその申告手続きをして欲しい旨依頼されるや、当時金銭に窮していたので、多額の報酬を得ようと考え、直ちに右依頼に応じた上、章夫らの予定していた脱税額を大幅に増額するよう慫慂して、これを実現させただけでなく、自ら本件犯行の具体的な方法を案出して、隆次名義の借用証書や章夫ら夫婦名義の遺産分割協議書を偽造した上、これを実行するなど、本件犯行の最も重要な部分を担当したほか、その報酬として五〇〇〇万円を取得していること(ちなみに、本件による報酬として、小畑は約九二〇〇万円を、谷は二七〇〇万円を取得している。)などに照らすと、被告人の刑責は重いというべきである。

してみると、被告人は、本件について深く反省していること、昭和六〇年七月に業務上過失傷害で罰金三万円に処せられた前科があるほか、恐喝罪等により懲役刑に三回(そのうち二回服役)、傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反の罪、競馬法違反の罪等により罰金刑に四回それぞれ処せられているが、右業務上過失傷害を除けばいずれも二〇年以上も前の古いものであること、健康状態が優れないこと、共犯らとの刑の権衡等被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、本件は懲役刑の執行を猶予すべき事案とは認められず、被告人を懲役一年二月及び罰金一五〇〇万円に処した原判決の量刑は、その宣告当時においてはやむを得ないものであつて、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。

所論は、被告人が同和対策新風会に入会したときは、小畑や谷はすでに同会に入会していた先輩であり、組織上も上司の地位にあつた者であり、しかも、同会における先輩・後輩あるいは上司・部下の関係は絶対的であつて、小畑らが組織上の地位等を利用して被告人を本件犯行に誘い、かつ、被告人にこれを実行させて、本件脱税が発覚した場合は被告人にその責任を転嫁しようとしたものであることなどに徴し、被告人の果たした役割は従属的であつて、量刑上、谷との間に差がないから、同人に対して刑の執行を猶予した以上、被告人に対しても、刑の執行を猶予するのが相当である旨主張する。

関係証拠によると、確かに、被告人が同和対策新風会に入会した当時、谷がすでに同会に入会していて、その実践委員長の地位にあつたこと、また、小畑は被告人より遅れて入会したものの、理事の地位にあつたことが認められるが、他方、同人らは、いずれも昭和五九年ころ同会を脱退し、本件当時、同会には所属しておらず、小畑は、同会とは別の組織である全日本同和会田辺支部の顧問に就任していたに過ぎないこと、本件当時被告人の就任していた同和対策新風会全国統括局総局長の地位は、本部長及び副本部長に次ぐ高いものであること、谷は、同会に所属していた当時、同会において税金対策等に手腕を振るつていた被告人に対し、一目を置いていたばかりでなく、互いに「クニやん」、「カンさん」と呼び合う間柄であつたことなども認められるのであつて、これらの諸事情に照らすと、本件当時、同和対策新風会の組織上、被告人が小畑や谷の部下であつたとは到底いえず、しかも、本件犯行を共謀した際における被告人の発言や、具体的な申告手続きの案出、関与の程度、報酬の取得額等を併せ考えると、本件犯行につき、被告人が谷に比し、従属的な地位にあつたものとも認められず、主犯格である旨認定した原審の判断は相当であつて、この点を被告人に有利に斟酌すべきであるとの所論は採用することが出来ない。

論旨は理由がない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、被告人は、原判決後、同和対策新風会を脱退したほか、被告人の取得した報酬の一部を返済すべく、章夫に対し、一〇〇〇万円を支払つたこと、頭位性眩暈症を患い、その発作が頻発して、昭和五九年一二月から平成三年一月までの間、七回にわたつて入退院を繰り返しており、更に、下血、不整脈などについても精密検査を要する旨の診断がなされていることが認められるので、これらの情状に原審当時から存した被告人に有利な諸般の情状を併せ考慮し、本件の量刑について再考してみると、懲役刑について、その執行を猶予すべきものとまでは認められないが、その刑期及び罰金額の点において原判決の量刑をそのまま維持するのは明らかに正義に反するものといわざるを得ない。

よつて、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件について更に次のとおり判決する。

原判決の認定した事実に刑種の選択、科刑上の処理及び罰金の併科を含めて原判決と同一の法令のほか、刑法六五条一項をも併せて適用し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金一三〇〇万円に処し、右罰金を完納することが出来ないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

平成二年(う)第五八九号

○控訴趣意書

被告人 中村完

右の者に対する相続税法違反被告事件について、弁護人は左記のとおり控訴趣意書を提出する。

平成二年八月三一日

右被告人弁護人

弁護士 石井嘉夫

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決はその量刑が甚しく重きに失するので破棄されるべきである。

原審裁判所(横浜地方裁判所)は頭書被告事件につき、被告人を懲役一年二月及び罰金一五〇〇万円の実刑判決に処したが、左に述べる諸般の情状を考慮すると、その刑の量定は甚しく重きに失するので、原判決を破棄のうえ、被告人に対しては刑の執行猶予の恩典を賜りたい。

一、被告人中村完と被告人小畑、同谷との関係について

1、本件相続税法違反事件に被告人中村完(以下単に被告人という)が加担するようになったのは、相続人藤井章夫(以下単に藤井という)が被告人小畑一夫(以下単に小畑という)に対し脱税工作の依頼をし、右脱税工作依頼の場に同席していた被告人谷篤(以下単に谷という)が右脱税工作の実行者として被告人を小畑に推薦すると共にその実行方を被告人にもちかけて来たことに端に発している。

2、谷が被告人に対し右脱税工作実行方をもちかけることにしたのは、谷の供述によると、「かねてから知っていた中村なら安心してまかせられるし、中村は当時借金で困っていたので頼めば受けると思っていたこと、更には、谷自身も上京したばかりで金がなく金が欲しかった」ということにある(谷の昭和六三年一一月二日付検面調書八項)。

3、被告人と小畑とは互いに名前を知っている程度で直接の面識はなく、谷だけが被告人と小畑の双方を良く知っており面識をもつ関係にあった(被告人の昭和六三年一〇月一八日付検面調書七項)。

右三名に共通するのは、右三名がいずれも同和対策新風会に所属していたことがある点である。

谷は昭和五二年春ころ同和対策新風会に入会し(谷の昭和六三年一一月二日付検面調書二項)、昭和五九年ころ退会する迄右同会の実践委員長として活動をして来た経歴をもち、小畑も谷より数年遅れて右同会に入会し一年間位活動した(右同調書三項)経歴をもっている。被告人も昭和五六年ころ同和対策新風会に入会し、昭和五九年からは右同会中央本部統括局長のポストに就任し活動をして来た経歴をもっている(被告人の昭和六三年一〇月一四日付検面調書三、四項)。

右のとおり同和対策新風会への入会の順序は被告人より谷、小畑の方が古く然も被告人が右同会に委員として入会したときは、右両名は会の組織上委員の上の理事の、更にその上の委員長の肩書きをもっていたのであって(右同調書四項)、被告人が谷、小畑両名の後輩・部下であり、谷、小畑が被告人の上司・先輩の関係にあったことが明らかである(第一三回公判に於ける被告人供述)。

しかも、同会においても、他の組織同様先輩、後輩あるいは上司、部下の区別が絶対的な意味を有するものである。

4、本件相続税法違反事件は、前記のとおり被告人の元上司・先輩であった谷、小畑の両名から脱税工作の実行方をもちかけられて来た事案であり、被告人に対する刑の量定に当っては右共同被告人間の上下関係について本件脱税行為の主従を認定する際被告人に有利な事情として斟酌されるべきものと思料する。

二、被告人が本件脱税事件に加担するに至った経緯について

1、被告人が本件犯行に及んだのは、前記のとおり、藤井が小畑に対し脱税工作の依頼をし、右依頼の場に同席していた谷が右脱税工作の実行者として被告人を小畑に推薦すると共にその実行方を被告人にもちかけて来たことに端を発している(谷の昭和六三年一一月二日付検察官調書第八項~一〇項)。

2、本件において谷が被告人に対し、脱税工作の話を持ちかけた際、谷が被告人に対し同和団体特有の穏語である「ジェイタイ」という言葉を用いたことからもわかるとおり(被告人の昭和六三年一〇月一八日付検察官調書第二項)、谷は藤井の相続税申告にあたり同和団体の圧力を利用し、脱税工作を行うことを目諭んでいたのであったが、同人自身はその当時既に同和対策新風会を脱退しており、税務署に対し、同会の名刺を示したり、同会の印を申告書に押印したりして圧力をかける同和団体独特の手口を使うことができなかったものである。

そこで谷は、当時、同和対策新風会に所属しており、右同和団体独特の手口を利用できる被告人を同人の元上司という立場を利用して本件犯行に引きずり込み、被告人の立場を利用して、本件犯行を行なわしめ、同時に被告人に直接の脱税工作を行なわしめることにより、万一、右脱税が発覚した場合には単なる仲介者として、本件犯行の責任を被告人のみに転嫁しようとしていたものである。谷のかかる考えは、同じく同和対策新風会に所属していた小畑も当然知悉しており、谷同様小畑も被告人と使い、脱税工作を行ない、万一の時は自らの罪責を免れようとの意図のもと被告人を本件犯行に引き入れたものである。

3、谷及び小畑らに右のような思惑があるとも知らず、被告人は谷からの連絡を受け、谷の指定するホテルニューオータニに赴き、同ホテルで小畑を紹介されると共に小畑、谷の両名から本件脱税工作の相談を受けるに至ったものである。

被告人は小畑、谷両名からの右脱税工作の件を一旦は断ったものの、谷、小畑の二人とも被告人の所属する同和対策新風会の元上司であり、元上司から言われたので何とかやらないかんという気になり、断り切れずに引受けるに至ったものである(被告人の原審公判調書)。

4、右のとおり被告人と谷、小畑ら間の上下関係、被告人が同和対策新風会の現役所属員でその名刺を使える立場にあったこと、更には谷、中村らの前記思惑を併せ考えると、被告人は谷、小畑らに本件脱税事件の実行者としてうまく利用され、実行行為者に仕立てられた者といっても過言ではない。

右経緯についても被告人に有利な事情としての斟酌を賜りたい。

三、本件脱税事件における被告人らの果した役割について

1、原判決は、被告人に対し懲役一年二月及び罰金一五〇〇万円の判決を言渡し、その量刑の事情として「・・・殊に、被告人において、脱税の方法を案出・決定し、架空債務の借用証書を偽造し、不正の申告書を提出するなど本件の主犯格として脱税工作の実行面の殆んどを担当したものであり・・・」とし、他方、谷に対しては、量刑の事情として、「・・・被告人は本件の主犯格とは言えないばかりか、いわば従属的な立場で加担したもので、・・・」として、懲役一年及び罰金五〇〇万円の執行猶予付の判決の言渡しをしている。

しかしながら、前記被告人と谷との上下関係、被告人を本件脱税事件に加担させるにつき果した役割及びその思惑、更には左に述べる事情からすると、原判決が述べる程被告人と谷との間に量刑の事情の差はなく、被告人に対しても執行猶予付の判決が相当であると思料する。

2、谷は、同人に対する原審判決がその量刑の事情として述べているとおり「・・・被告人(谷)は右小畑、中村の両名と知友の間であったところから、それまで互いに面識のなかった右両名を引き合わせるなどして、本件謀議に当り重要な役割を果している・・・」のである。

被告人は原審公判廷において、検察官からの「この一連の事件の中で谷の役割というのは具体的に言うとどういうことになるんですか」との問に対し「谷の役割はただの仲介ということです。大まかに言いますと、その一点です」と答え、更に「具体的にこの件で仲介以外で谷が働いたというようなことはない」旨の供述をしている。

しかしながら被告人の右供述部分は、被告人の上司・先輩であった谷に対する遠慮もしくは右同人を庇おうとする気持から出たものであって、事の真相を的確に表現したものとは思えない。

3、谷は、前記のとおり互いに面識のなかった小畑、被告人の両名を引き合わせたばかりか、本件脱税事件の準備工作段階の節目節目に必ず立会う等重要な役割を果していることが記録上からも明らかである。即ち、昭和六〇年四月三日ころ、藤井宅近くの喫茶店「ポプラ館」で小畑が被告人を藤井夫婦に紹介しているが、その際も(藤井の昭和六三年一〇月二三日付検面調書五項・谷の同年一一月二日付検面調書一二項)、同年四月五日ころ、小畑がホテルニューオータニで税理士作成の相続税申告書、遺産分割協議書を被告人に渡す際も(小畑の昭和六三年一〇月二一、二二日付検面調書一七項・被告人の同年一〇月一八日付検面調書一〇項)、谷はそれぞれ同席をしている。

また、昭和六三年四月一〇日ころ被告人が厚木税務署総務課長に面談したとき、同年四月一五日厚木税務署宛に申告書を提出したとき、更には四月一八日右税務署に申告書添付追加書類を提出したときにもそれぞれ谷は厚木税務署近くの喫茶店に待機をしていたことが明らかである(被告人の昭和六三年一〇月一八日付検面調書一三、一五項、被告人の同年一〇月一九日付検面調書一項、小畑の同年一〇月二一、二二日付検面調書二六項)。

以上の事実からもわかるとおり、谷は、同和対策新風会における被告人の元上司として本件脱税工作の全ての段階において関与し、右工作を掌握していたものであるが、ただその当時、谷は同和対策新風会に所属していなかったため、直接表だった行動をとるわけにはいかず、その代りとしてかつての部下であった被告人を動かしていたのである。

4、たとえ、原審が量刑の事情として述べるとおり、本件「脱税の方法を案出、決定し、架空債務の借用証書を偽造し、不正の申告書を提出するなど」の行為を実際に行ったのは被告人であるとしても、被相続人に多額の架空債務をつくりその債務を相続人が引受ける方法による脱税手口については、「同和の名前で税金申告する時の常套手段で」あり、同和に深く関与していた者にとっては、脱税を行なう場合、右手口を用いることは暗黙の了解事項になっていたものである。従って、そのような意味において本件の脱税手口は小畑、谷、被告人の「三人が考えたような」手口であり(被告人の原審公判廷における供述)、昭和六三年四月五日ホテルニューオータニに於ける小畑、谷、被告人の三者間の協議により暗黙の了解事項となっていたのである(被告人の昭和六三年一〇月一八日付検面調書一〇項)。

本件においては、被告人が関与した段階から、さらに言えば関与する以前から、既に決定していた脱税方法を前記のとおり小畑、谷、被告人の三名が逐一協議をしながら実践していたものであり、ただ、対税務署との折衝等、実際に同和の肩書が必要な場面や、税務署に提出する書面を整える場面については現役の同和関係者であり、小畑、谷の後輩であった被告人が表にたってやらざるを得なかっただけであり、原判決のように、殊更被告人を主犯格とし谷を従属的立場での加担者と評価するのは、本件脱税事件の真相を見誤るものである。

前記のとおり、被告人に対しても、谷同様に執行猶予付の寛大な判決が相当であると思料する。

四、被告人の反省、再犯可能性について

1、被告人は、本件犯行により国の課税権を著しく侵害したばかりか、相続人藤井に対して重加算税等多額な税金を払わせ且つ多額の報酬を払わせたことについて、事の重大性を認識すると共に、深く反省をするに至っている。

2、被告人が本件犯行により小畑から受け取った報酬額は現実には金五〇〇〇万円であり、その使途は左のとおりである(被告人の昭和六三年一〇月一九日付検面調書六、七項)。

<1> 架空債権者坂本勝夫の名義使用料として中山利彦に対して金五〇〇万円を交付。

<2> 債権債務説明書作成弁護士費用分その他として久米信男に対して金一〇〇万円を交付。

<3> 借金の返済分として、中林俊二に対して金一五〇〇万円、金順泰に対して金三〇〇万円、国元健太郎に対して金一六六〇万円、稲田富士年に対して金五〇〇万円をそれぞれ交付(借金返済分合計金三九六〇万円)。

<4> 残金四四〇万円については生活費として使用(被告人の原審公判廷における供述)。

右のとおり、本件犯行により取得した報酬のうち大半が既存債務の返済に使用され、現実に被告人の手元に残ったのは四〇〇万円余であり、右金員をも生活費として既に費消してしまっている。

しかしながら被告人は前記のとおり、相続人藤井に対して多額の損害を与えたことを深く反省し、被害弁償金の一部にしてもらいたいとの気持ちから、弁償金の準備をし、当弁護人を通じ藤井の代理人田中隆三弁護士との接渉をする等の努力をするに至っている。現時点では被告人の準備した金額が必らずしも藤井の理解を得られるだけの金額には達していないものの、被告人は引き続き被害弁償金の支払いが実現できるようその努力をするつもりでいる。

3、被告人は、今回の脱税事件に加担するに至った原因が被告人が同和対策新風会に所属する会員であったことにあったとの認識をし、二度と将来このような事件を引き起こさない為には、右会より脱会をし、会の肩書きを持たない一個人として地道に働かなければならないとの決意をし、平成二年六月一日に右会より脱会をするに至っている。(五十棲春治作成の承認書)。

また、被告人の今後については、株式会社余暇総合研究所社長石川謙一において、生活の面倒をみると共に被告人の監督をしていくことの体制ができている(石川謙一の原審における証人尋問調書)。

前記各事情からすると、被告人には、最早再犯の可能性は全くないというべきである。

五、前科関係

前科調書によると、被告人には昭和二五年三月七日、京都地方裁判所で恐喝、横領により懲役一年、執行猶予三年間に処せられたのをはじめ、昭和六〇年七月一九日、京都簡易裁判所で業務上過失傷害により罰金三万円に処せられるまで、合計八回の前科がある。

しかしながら、右前科は、いずれも本件とはまったく異質なものであり且つ、十数年以上を経過した古いものであって、今回の刑の量定に際しては、殊更被告人に不利な情状として評価すべきものではない。

六、被告人の健康状態について

被告人には、精神的、肉体的疲労時に突然に吐気、嘔吐を伴う眩暈発作を起す「耳性眩暈症」の持病があり、しかも担当医の診断によると右持病は治る保証はないとのことであり(東京専売病院耳鼻咽喉科山口医師作成診断書、原審における中村暉久子の証人調書四丁)、被告人としては右持病と戦いながらの生活を余儀なくされている。

右被告人の健康状態についても量刑にあたり被告人に有利な事情として十分考慮して頂きたい。

以上

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